龍孫の郷~肥前多久~

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ブリット野口です。

歴史に興味がないので大河ドラマは見ない。しかし、ふとしたきっかけで歴史に興味を持つことがある。それは、自転車散策やクイズラリーの調査で街を走るときだ。

地図を片手に路地を走ると、旧道を見つけたり、昔の街並みが残っていることに気づく。特に、お寺や神社は江戸時代から続いていることが多く、旧道と共に残っている。移動手段が「徒歩」から「クルマ」へ変わったことで、新しい道路ができ、街の中心が移動しても住民の営みは変わらない。

多久市の隣町に住む私にとって、多久は通り道で馴染み深く、顧客も多い。鬼の鼻山公園で開催するマウンテンバイク大会の許可申請に市役所を訪れたり、カレーを食べたり、雑貨を買ったり、最も身近な場所だ。

多久駅周辺が中心と思っていたが、聖廟周辺を本多久と呼び、多久駅周辺を北多久、そして、中多久、東多久、西多久、南多久と、聖廟周辺を中心に各地を方角で呼ぶことに気づいた。古地図を見ると、かつて西渓公園の南側に梶峰城があり、多久市立病院周辺は、古くから城下町として栄え、多久の中心だったことを知った。

歴史に興味がない私だが、自転車を切り口として、少しだけ郷土の歴史を学んび、「地図と自転車の組合せ」から新しい発見ができた。

学問の神様である孔子を祭った「多久聖廟」は、1月になると合格祈願を願う受験生が訪れる。多久市観光協会は、受験勉強で忙しく、直接参拝できない人たちのために、JR多久駅と唐津駅に巨大絵馬を設置。受験生らが合格祈願などを書いた「絵馬カード」を集めて、多久聖廟に奉納している。

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