肥前狛犬を巡る旅「厳木」

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ブリット野口です。

近年、環境にやさしく、スローライフな交通手段として『自転車』が注目されている。佐賀県は令和3年度予算にサイクルツーリズム推進事業を計上している。

「持続可能なサイクルツーリズムとは?」

自治体がサポートするサイクルツーリズムは、レンタルサイクル、インフラ整備、サイクリングマップ作成による情報戦略が挙げられる。一方、民間のガイドツアーは、自治体の大きなサポートやインフラの投資が無くても、地域の資源を活用した自立的なビジネスとして成り立つ可能性がある。

ある研究では、ガイドツアーの価値について、以下のような3つの価値観に分けられると述べている。

➀異日常:観光客にとっては新しい体験であるが、地域にとっては日常である体験。

➁移動風景:自転車で感じられる爽快な景色や観光地を巡る楽しさ。

➂達成感:自転車で一定の距離や目的地まで走りきることや走ること自体の楽しみ。

「佐賀県内に残る肥前狛犬を巡る」

肥前狛犬を巡る旅は、多久、小城、鍋島と続き、厳木で4回目の開催となる。

今回のガイドは、唐津市厳木町で生まれ育った自転車店主が担当。地元の神社や祠に奉納された肥前狛犬や肥前鳥居を探し出し、旧道を軸にした自転車と相性の良いルートを使って案内した。

「走行距離:16㎞、走行時間:90分、狛犬巡り:90分」

「サイクルガイドツアーは切り口が重要」

クルマが通らない旧道をのんびり走り、路地や地形から集落の成り立ちや地域の生活様式を想像する。

そんなブラタモリのような自転車散策を思いついたのは、2年前に参加した「松浦党の愛した仏巡り」ウォーキング。そこで「肥前狛犬」と出会い、石仏巡りと自転車散策の組合せを思いついた。ガイドツアーに必要な3つの価値感を体験できる自転車散策「肥前狛犬を巡る旅」が誕生した。

地元の人が大切にしている各地の肥前狛犬や肥前鳥居を地域の資源として活用し、自転車を使って紹介していく。不定期開催だが、持続可能なサイクルツーリズムとして今後も続けていきたい。

「肥前狛犬とは?」

江戸時代中期以降、神社に奉納された狛犬のほとんどが唐獅子形狛犬であり、16~18世紀の160年間に佐賀、長崎、福岡の一部で奉納された狛犬を「肥前狛犬」と呼ぶ。全体的に小型で弧線と直線の組合せを基本として単純化しながら、細部の特徴を誇張している。多久市内の神社や祠には約30対、約65体の肥前狛犬が奉納されている。小城市でも多数の肥前狛犬が確認されている。

「クルマに自転車を積んで集合場所へ」

クルマのボンネットを開け、トランクから折畳自転車を取り出す。ブロンプトンは2人乗りスポーツカーと相性が良い。行き帰りはクルマの走りを楽しむ。「天気が良い休日にどちらも楽しめる」と喜ぶ参加者。

「オススメは明太フランス」

地元のパン屋「アンクルジャム」に立ち寄る。

コロナ禍の食事は屋外で距離をとり、黙ってパンを食べる。

「城跡から厳木町を一望する」

自転車散策の後、希望者とクルマで獅子ヶ城へ。2年前のウォーキングで訪れてから城跡に興味が沸き、歴史を調べ始めた。厳木町に城跡があることはあまり知られていない。

城跡マニアが多数訪れる獅子ヶ城。

城跡から「風のふるさと厳木町」を見下ろす。

松浦党の源披が治承年間(1177年~1181年)に築城したと伝えられる。唐津市厳木町にある白山の山頂、標高228メートルに位置し、城の周囲は急な崖となっている。有明海と玄界灘の分水界に近く防衛の拠点となったが、息子の源持が平戸に移ったため廃された。その後、天文年間(1532年~1555年)頃に松浦党の鶴田前が城主となり復興している。大友氏や龍造寺氏、後藤氏などの勢力の境界に位置し、天文13年(1544年)には、龍造寺氏は攻撃に失敗した。翌14年(1545年)には、5日間占領したものの奪回されている。

永禄年間(1558年~1570年)には、波多氏が数回にわたって来攻したが、撃退している。天正5年(1577年)に波多親が上松浦松浦党の首領となると、城主の鶴田賢はこれに服属した。やがて、波多氏が追放されると文禄2年(1593年)に後藤氏の家臣となり、城は廃された。その後は寺沢広高が改修して石垣のある城となったが、元和元年(1615年)頃、再び廃城となったという。1991年(平成3年)3月30日に佐賀県の史跡に指定された。

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