珈琲の香りと町切の小さな物語とは?

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ブリット野口です。

自宅から半径1㎞の自転車旅
愛車にまたがり、厳木川を抜ける風を感じながら、どこへともなくペダルを漕ぎ出す。

唐津市相知町町切。
この場所は、小さい頃から慣れ親しんだ風景だ。田んぼが広がり、遠くに船山と八幡岳が見える。そんな、ごく普通の日本の原風景がここにはある。

小さなタイヤが路面を噛む音、風が耳元を過ぎる音、鳥たちのさえずり。五感を研ぎ澄ますと、見慣れた景色の中にも、まだ知らない物語が隠れていた。

小さな看板が紡ぐ、新たな出会い
その日は、特に目的地を決めずに、いつもの散策コ-スを気の向くままに走っていた。数年前まで町の電気屋だった場所に小さな看板が出ていた。

Catnap coffee
入口の案内には、猫の可愛らしいイラストが添えられている。

「焙煎所だろうか?こんな場所に?」
自転車を停め、そっと近づいてみる。扉の向こうから、かすかに、珈琲豆を焙煎した香ばしい香りが漂ってきた。好奇心に導かれるまま、私は静かに扉を開けた。

「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは、穏やかなお母さんと、その隣で少しはにかむように立つ娘さんだった。店内は決して広くはないけれど、小さな焙煎機とエスプレッソマシーンが並んでいる。

そこには静かで穏やかな時間が流れていた。まるで、ジブリ映画に出てくる、とある町の片隅の小さなお店のようだった。

「珈琲豆を売っているんですか?」
私が尋ねると、お母さんがゆっくりと頷いた。「はい。まだ始めたばかりですが…」
声もまた、穏やかで控えめだ。娘さんも小さく会釈する。どこか、はにかんでいるような二人。

私は店内に並べられた豆を眺めながら、いくつか質問をしてみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「私、珈琲豆のことも、お店のことも、全くの素人でして…」
お母さんが申し訳なさそうに言った。娘さんも「私もお手伝いしているだけで、カフェで働いた経験とか、全然ないんです」と控えめに付け加える。

「なるほど、そうだったのか…」
経験がないからこそ、このお店はこんなにも素朴で、そして純粋なのかもしれない。二人は言葉が少ないが、その眼差しからは、珈琲豆に対する真摯な愛情と、この新しい挑戦へのひたむきな思いが伝わってきた。

私が自転車店を営んでいることを話すと、お母さんは「自転車、素敵ですね」と小さく微笑んだ。娘さんは、自転車をじっと見つめていた。多くを語らない二人だけど、その眼差しには確かな温かさがあった。

イートインスペースもあり、丁寧にドリップされた珈琲はとても美味しく、おすすめの珈琲豆と淹れ方を教えてもらった。
会計を済ませ、店を出る。自転車に再び跨がり、私はゆっくりとペダルを漕ぎ出した。珈琲豆が入った袋が、背中のリュックの中で微かに揺れる。

自宅に戻り、教えてもらった淹れ方でドリップする。あの焙煎所の穏やかな空気が蘇る。
一口飲むと、キリッとした酸味の後に、じんわりと広がる甘みとコク。

それは、二人の親子の純粋な探究心と、静かな情熱が凝縮された一杯のように感じられた。

これからも、あの小さな焙煎所に自転車で珈琲豆を買いに行こう。扉を開けると、きっとまた、新しい発見と穏やかな物語に出会えるに違いない。

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