【猟師の独り言】猪の「胃袋」を読み解く者は、山を制す。

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ブリット野口です。

山を歩き、猪の気配を追う日々の中で、私たちが最も向き合うべきは「猪の知恵」と、それを突き動かす「食欲」です。猪を獲るということは、彼らの生活圏に一歩踏み込み、その思考を先読みすることに他なりません。今回は、私が長年の経験と観察から学んだ、猪の「生態」と「食性」のリアルについて語ってみたいと思います。

1. 猪という「アスリート」の正体
まず、猪という生き物を「単なる太った豚の野生種」だと思っているなら、その認識は、今日で捨ててください。彼らは、重戦車のようなパワーと、スプリンターの速さ、そして、探偵のような鋭い嗅覚を併せ持つ、山のアスリートです。
①鼻は目以上に物を言う
猪の視力はそれほど良くありません。しかし、その分「鼻」は驚異的です。土の中に眠る指先ほどの葛の根を嗅ぎ当て、数キロ先の「美味しそうな匂い」を察知します。
②驚異の身体能力
時速45kmで駆け抜け、1メートルの柵を助走なしで跳び越える。あの巨体が信じられないスピードで動くのを目の当たりにすると、人間の身体能力の限界を痛感します。

2. 猪の「四季の献立」:なぜそこに居るのか?
猪の行動を支配しているのは、常に「栄養効率」です。彼らは季節ごとに、その時最も効率よく摂取できる栄養素を選び分けています。これが分かれば、罠を仕掛けるべき場所、待ち伏せすべき地形が見えてきます。
① 秋:どんぐりという「高カロリー燃料」
秋、猪は「どんぐり」に狂います。特に脂質の多いシイ・カシ類は、冬を越すための皮下脂肪を蓄える最高の燃料です。苦いコナラより、甘いスダジイ。どんぐりの種類を見分けることは、猪の「今の居場所」を特定する最短ルートです。
② 冬:葛の根という「隠されたデンプン」
地上に食べ物がなくなると、猪は鼻先で土を掘り返します。狙いは「葛(クズ)の根」に含まれるデンプン、つまり炭水化物です。凍った土を掘り返すのは重労働ですが、それに見合うエネルギーが葛にはあります。新鮮な「ハミ跡」を見つけたら、そこは猪の重要な食堂です。
③ 春〜夏:カエル・ミミズという「プロテイン」
繁殖や子育て、冬の体力消耗からの回復期には、植物性だけでは足りない「アミノ酸(タンパク質)」を求めます。田んぼの畔をボコボコにするのは、彼らがタンパク質を欲している証拠。この時期の猪は、動物性の餌を求めて水辺や湿地に集まります。
④ 通年:タケノコと竹の根
春のタケノコはもちろんですが、彼らは竹林をよく利用します。栄養価は高くありませんが、食物繊維による整腸作用や水分補給のために、竹林は彼らの「休憩室」兼「薬箱」のような役割を果たしています。

3. 栄養が「肉の味」を決める
私たち猟師にとって、猪の食性を知ることは「最高の肉」を手に入れることと同義です。猪が何を食べていたか。それを知ることは、命をいただく者としての最大の敬意であり、楽しみでもあります。
①ドングリを飽食した個体は、脂が白くナッツのような芳醇な香りがする。
②根茎類を掘り続けていた個体は、筋肉が締まり、赤身に力強いコクが宿る。

まとめ:敵を知り、森を知る
猪を追うことは、山のサイクルそのものを知ることです。
「今、あの斜面には何が落ちているか?」「今の時期、猪の体は何を欲しているか?」
この問いを常に持ち続けることで、山の中の「点」だった情報が「線」となり、いつか猪との出会いへと繋がります。

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