「生け捕りの美学と覚悟」伊万里の事故から再確認する「生きたイノシシ」を制する5つの鉄則
ブリット野口です。
はじめに
私は佐賀県唐津市の厳木町で、くくり罠による狩猟を行っています。2025年12月に、隣の伊万里市で起きた「くくり罠のワイヤー切れによる負傷事故」のニュースは、私にとって大きな衝撃でした。同じ佐賀の空の下、同じような山の中で起きたこの事故を、私は他人事とは到底思えません。
イノシシ捕獲作業中に襲われ、60代男性けが 「伊万里市の山林でわなを切って逃げる」
私の狩猟スタイルは「生け捕り」です。電気ショッカーで気絶させることも、その場でナイフを立てて止め刺しをすることもありません。鼻くくりをかけ、熟練のロープワークだけを駆使して、時間をかけて猛るイノシシの四肢を一つずつ固定していく。それが私の流儀です。
しかし、生きたままの巨体と対峙し続けるこのスタイルは、一歩間違えれば命を落とす「極限の作業」でもあります。伊万里の事故は、私が最も恐れる「保定の喪失」がいつ起きてもおかしくないことを教えてくれました。
厳木の山で、これからも生け捕り猟師として生き残るために、私が改めて自分自身に課した「5つの鉄則」を、自戒の念を込めてここに記します。
【生け捕り猟師の誓い】伊万里の事故を教訓にした「命を守る5つの鉄則」
1. 獲物がかかったワイヤーは、その場ですぐに「引退」させる
私はこれまで、「まだ綺麗だから」「もったいないから」と、一度使ったワイヤーを使い回したい誘惑に駆られることがありました。しかし、今回の事故を受けて、その考えを完全に捨てました。
獲物が暴れた際、ワイヤーには目に見えないレベルの微細な断裂や金属疲労が生じています。特に、イノシシ特有の「回転」によって生じるキンク(ねじれ)は、ワイヤーの破断強度を劇的に低下させます。
私は、「獲物がかかったワイヤーは、その場ですぐに切断・廃棄。常に新品以外は信じない」ことを徹底します。数百円のワイヤー代を惜しんで、一生の後悔を背負うわけにはいかないからです。
2. 「斜面の上側(山側)」を死守し、下側には指一本入れない
厳木の険しい斜面での立ち位置は、そのまま生死を分けます。私は、獲物との位置関係において、「獲物よりも低い位置(下側・谷側)には、絶対に立たない」ことを自分に厳命しました。
もし、下側にいる時にワイヤーが切れたら、100kg近い巨体が重力の加速を伴って、逃げ場のない私を目がけて突き刺さってきます。人間が斜面を駆け上がる速度では、到底避けられません。必ず獲物よりも高い位置(上側)に陣取り、さらに自分と獲物の間に「太い立木」を挟むことを徹底します。万が一、ワイヤーが切れたら、獲物は重力に従って下へと流れていく。その余裕を物理的に作らなければ、私は獲物に絶対に近づきません。
3. 「足ワイヤー一本」の状態を、一刻も早く脱する
私が行う生け捕りにおいて、最初に足にかかっているワイヤーは「獲物をそこに留めておくための仮のもの」に過ぎないと考えています。伊万里の事故は、その一本に頼り切り、接近した瞬間に起きました。
私は、接近する際、「足のワイヤーは今、この瞬間に切れるもの」と想定して動きます。 まずは、獲物の突進が届かない距離から鼻くくりを使って、対角線に固定します。さらに、別の足をワイヤーで固定し、二重・三重の保険を作ります。最初の足ワイヤーが「メイン」ではなく「バックアップ」になるまで、不用意に間合いを詰め、生け捕り作業の核心であるロープワークに入ることはしません。
4. 獲物の「呼吸」を読み、時間をかける勇気を持つ
生け捕りはスピード勝負ではありません。獲物の体力を削り、隙を見て一本ずつ足を縛り上げる「忍耐の勝負」です。焦って接近すれば、獲物は火事場の馬鹿力でワイヤーを食いちぎろうとします。
私は、「獲物との対話」に十分な時間をかけます。獲物が猛烈に暴れている間は無理をせず、一歩引いて呼吸が整うのを待ちます。一本目の足を固定し、二本目、三本目と進めるたびに、常に「もし今、一本目が外れたら?」と自問自答しながら、結び目の確実性を確認しています。
ロープ一本、結び目一つに全神経を集中させ、獲物の生命力をリスペクトしながら、それを知恵で上回る。この「待つ勇気」こそが、私の命綱です。
5. 「支点の二重化」罠の木と作業の木を分ける
生け捕り作業中に最も危険なのは、罠を固定している木やワイヤーが、作業の負荷に耐えきれず破損することです。そこで私は、「保定の支点を一つに頼らない」ことを徹底しています。
罠のワイヤーが繋がっている木とは別に、鼻くくりや四肢を縛り上げるためのロープを固定する「別の立ち木(サブの支点)」を必ず確保します。万が一、元の罠ワイヤーが切れたり、根元から木が折れたりしても、別の木に固定したロープが生きていれば、獲物の逆襲を食い止めることができます。
「一つの支点に命を預けない」
この多重構造の保定こそが、生きたままの巨体を制圧するための、私の絶対的なルールです。
結びに
「臆病な猟師ほど、長く生き残る」
伊万里の事故は、私たちに「野生の底知れぬ力」と「道具の限界」を突きつけました。 罠にかかった獲物は、生きるために文字通り死に物狂いで抵抗します。その必死の力に対し、私は「臆病すぎるほどの慎重さ」で向き合わなければならないと痛感しました。
「自分だけは大丈夫」「何度もやっているから慣れている」
私はそんな根拠のない自信を、この機会に厳木の山に置いてきました。明日からまた、私は新品のワイヤーとロープを手に、山へ向かいます。「獲物を生かして獲る」という誇りを持ちつつ、それ以上に「生きて帰る」という責任を果たすことが猟師の使命です。
狩猟仲間の皆さん、どうかご安全に。山での一歩、ロープ一本の重みを共に考えましょう。
<このブログを読んでくださった方へ>
私が現場で愛用している狩猟ファッションやロープワークに必要な道具について、以下のリンクで紹介しています。
狩猟者のためのロープワーク講座「3倍力+定滑車システムを使いこなせ!」
皆さんの「自分なりの安全対策」があれば、ぜひ教えてください。共に学び、悲しい事故をゼロにしていきましょう。
Tags: 狩猟