自転車が教えてくれた、もう一つの人生
ブリット野口です。
2007年に自転車店を開業して、2025年に18年目を迎えた。振り返ってみると、開業と同時にマウンテンバイクに乗り始めたので、自転車歴も同じ年数になる。ただの移動手段だったはずのこの乗り物が、いつの間にか私の人生を大きく変えていた。ハンドルを握り、ペダルを漕ぎ、風を切って進む。そのシンプルな行為が、私に新しい景色を見せ、新しい自分と出会わせてくれたのだ。

開業以前の私は、時間に追われる毎日を送っていた。朝起きて車で職場へ向かい、仕事が終われば、ただただ疲れて家に帰るだけ。休日は趣味のバイク。トライアル練習場に通う日々だった。

そんな時、興味を持ったのが、自転車のトライアルだった。トライアルは、バイクも自転車もフィールドが共通なので、どちらも競技として楽しむ人がいる。しばらくは、どちらも続けていたが、自転車店の開業と同時にバイクから離れ、自転車の世界へ舵を切った。
開業してからは、ミニベロやマウンテンバイクに乗る機会が増えた。ロードバイクに乗り始めたのは、仲間と佐賀センチュリーランに参加したことがきっかけ。最初は、近所を少し走る程度だったが、次第に走行距離は伸び、いつしか週末は遠くまで走りに行くようになった。初めて100kmを走った日のことは、今でも鮮明に覚えている。
何度も心が折れそうになった。足はパンパンになり、呼吸は乱れ、もう一歩も進めないと思った。それでも、ゴールにたどり着いたときの達成感は、何物にも代えがたいものだった。その日、私は「やればできる」という自信を初めて手に入れた。それは、仕事でもプライベートでも、小さな困難にぶつかったときに私を支えてくれる、大きな財産になった。

自転車は、私の心を強くしてくれた。一人で走る時間は、自分自身と向き合う貴重な時間だ。仕事で悩んでいること、将来への不安。ハンドルを握り、ただひたすらにペダルを漕いでいると、不思議と頭の中が整理されていく。そして、いつもより少しだけ前向きな気持ちになれる。まるで、ペダルを回すたびに、心の重荷が少しずつ軽くなっていくような感覚だ。

また、自転車は新しい出会いも運んできてくれた。自転車店の経営を通じて、年齢も職業もバラバラなサイクリストたちと知り合った。同じ趣味を持つ仲間と走る時間は、一人で走るのとは、また違った楽しさがある。坂道で励まし合い、休憩中にくだらない話で笑い合う。共に汗を流すことで生まれる絆は、特別なものだ。そして、何より、自転車は私に「人生の楽しさ」を思い出させてくれた。

車では通り過ぎてしまうような小さなカフェや魅力的な路地裏を発見する喜び。季節の移り変わりを肌で感じ、満開の桜並木や、黄金に輝く稲穂の中を走る。まるで、子どもの頃のように、日常の中に隠された宝物を見つけるワクワク感がよみがえってきた。

自転車に乗る前と今では、私の人生観は大きく変わった。目的地に早く着くことだけが目的ではなく、その道中を楽しむことの大切さを知った。坂道という困難も、それを乗り越えた先にある絶景へのご褒美だと考えられるようになった。

私にとって、自転車はただの乗り物ではない。それは、私の心と身体を繋ぎ、新しい世界へと連れて行ってくれる魔法の扉のようなものだ。これからも私は、この相棒と一緒に、まだ見ぬ景色を探す旅を続けていくだろう。そして、その旅の中で、また新しい自分と出会えることを楽しみにしている。
Tags: 自転車