第6話|伐った樫が、最高の火になる。『猟師の樫炭』がつなぐ里山の循環|山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ ~七山・鬼の鼻山・厳木をつなぐ20年の循環記~
山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ ~七山・鬼の鼻山・厳木をつなぐ20年の循環記~
第6話|伐った樫が、最高の火になる。『猟師の樫炭』がつなぐ里山の循環
最高のジビエを食べるために、火まで自分たちで作る必要があるのか?

ブリット野口です。
マウンテンバイクで山を走り始めた頃の私は、まさか自分が炭窯の前で煙を見続ける日が来るとは思ってもいませんでした。
2007年に自転車店「BULLITT」を開業し、仲間と七山でトレイルを作り、厳木へ活動を広げ、狩猟免許を取得しました。
そして、2021年、私たちは新たな挑戦を始めます。
それが炭焼きでした。一見すると、自転車とも狩猟とも関係がないように見えるかもしれません。
しかし、今振り返ると、この炭焼きは20年間の活動を一本につなぐ、大切な出来事だったと感じています。
「火を作る」という新しい遊び
2021年、BCC初期メンバーが所有する七山の炭窯で炭焼きを手伝い始めました。
炭焼きは、想像していた以上に繊細な仕事でした。
木を窯へ詰めれば終わりではありません。火を育て、煙を観察し、窯の中で起きている変化を想像し続ける。自然を相手にした、長時間の対話です。
山を走るときも自然を相手にしていましたが、炭焼きでは「火」という新しい自然とも向き合うことになりました。
「最高のジビエ」には、最高の火が必要だった
狩猟を始めてから、私には一つの問いがありました。
「猪肉を最も美味しく食べる方法は何だろう。」
さまざまな調理法がありますが、私たちがたどり着いた一つの答えが炭火焼きでした。
ところが、市販の木炭を使っているうちに、別の疑問が生まれます。
「本当に、この火でいいのだろうか。」
山で動物と向き合い、命をいただく。料理人の仲間が丁寧に調理する。
そこまでこだわるなら、最後に肉を焼く火も、自分たちで作れないだろうか。
そんな発想から始まったのが、「猟師の樫炭」です。炭を作ること自体が目的ではありません。
狩猟、森林整備、炭焼き、料理を一つの循環としてつなげたい。そのための挑戦でした。
厳木の樫から始まる循環
2024年からは、炭の原料を厳木の里山で伐採した樫に切り替えました。この樫には、私たちが大切にしたい物語があります。
樫はドングリを実らせます。ドングリはイノシシの大切な食べ物です。そのイノシシを私たちは狩猟し、命をいただきます。そして、その樫を炭にしてジビエを焼く。
厳木の樫⇒ドングリ⇒イノシシ⇒狩猟⇒樫を炭にする⇒その炭でジビエを焼く
私たちは、この土地だからこそ生まれる循環を形にしたいと考えています。
炭焼きは、失敗から学ぶ技術だった
炭焼きには決まった答えがありません。毎年、木の状態も違えば、天候も違います。窯の中は直接見ることができないため、煙の色や匂いから状態を読み取るしかありません。
ある年、私たちは大きな失敗を経験しました。窯を開けると、上部は灰になり、下部は生木のまま。炭として使えるものは、ほとんどありませんでした。
歩留まりは0%。まさに「完璧な失敗」でした。しかし、この失敗を「今年はダメだった」で終わらせることはしませんでした。
なぜ、そうなったのか。火入れまで約2か月空いたこと。その間に窯内部へ湿気や水分が残っていた可能性。水分が気化する際に熱を奪い、十分な温度まで上がらなかったのではないか。
私たちは温度グラフから仮説を立て、次回へ持ち越しました。
炭焼きは、経験だけではなく、観察と検証の積み重ねでもあることを実感した出来事でした。
毎年一度だけ、火を入れる理由
私たちは大量の炭を生産したいわけではありません。「猟師の樫炭」は、毎年一度だけ行う取り組みです。
10月に樫を伐採し、1月に薪割りと窯詰めを行い、2月に火を入れる。
朝から晩まで窯の前で薪を焚き続け、煙が青みを帯びた透明な色へ変わる瞬間を見極めて窯を閉じます。
成功した炭は重く、硬く、叩くと「キンッ」という澄んだ音が響きます。その音を聞くたびに、山から始まった一年の営みが一つ形になったことを感じます。
山の循環を、一つの食卓へ
2025年には、「猟師の樫炭」を使ったジビエ食事会を開催しました。
私は狩猟に関わり、仲間が料理を担当し、厳木の樫を炭にし、その炭でジビエを焼く。
遊びから始まった活動が、一つの食卓につながった瞬間でした。
20年前、自転車で山を走っていた私たちは、こんな未来を想像していませんでした。
しかし、振り返ると、どの出来事も一本の線でつながっています。
トレイルを作り、山を知り、山を守り、命をいただき、その恵みを味わう。
それが、私たちの考える里山との付き合い方です。
今回の気づき
炭焼きを始めて分かったのは、「火」もまた自然の一部だということでした。
木を伐るだけでは終わらず、炭にし、その火で料理をするところまで関わることで、山とのつながりはさらに深くなりました。
そして、失敗を記録し、仮説を立て、翌年に試す。この繰り返しは、トレイルづくりや狩猟と同じです。
自然に対して答えを求めるのではなく、自然から学び続ける。その姿勢こそが、私たちの活動の中心にあります。
次回予告
炭焼きやジビエ、狩猟までつながった20年間の経験を、私たちは次の世代へどう残していけばいいのでしょうか。
その答えを形にしようとしているのが、BULLITT SATOYAMA LABです。
次回、第7話「2027年、BULLITT SATOYAMA LABへ。暮らしとフィールドが重なる場所」へ続きます。
このシリーズを続けて読む
『山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ』は、自転車店の活動から始まった20年間の記録です。
トレイルづくり、MTB大会、里山の変化、狩猟、炭焼き、ジビエ、そして「里山ラボ」へ。
ひとつひとつの出来事がどのようにつながり、現在の活動へ発展してきたのかを、全8話で時系列にまとめています。
第1話|なぜ自転車店を始めたのか
第2話|七山でトレイルをつくった理由
第3話|厳木へ広がったフィールド
第4話|山が発していたSOS
第5話|遊ぶ側から守る側へ
第6話|猟師の樫炭という挑戦
第7話|一皿に宿る里山の循環
第8話|里山ラボという答え
Tags: ブリットサイクリングクラブ