第2話|2010年、七山の杉山から始まったトレイルづくり|山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ ~七山・鬼の鼻山・厳木をつなぐ20年の循環記~
山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ ~七山・鬼の鼻山・厳木をつなぐ20年の循環記~
第2話|2010年、七山の杉山から始まったトレイルづくり
遊び場は、誰かに用意してもらうものなのか?

ブリット野口です。
私たちが七山でトレイルづくりを始めたのは、2010年のことでした。
今では「里山ラボ」という言葉を使い、狩猟や森林整備、炭焼きまで取り組んでいますが、その原点はもっとシンプルでした。
「マウンテンバイクで思い切り遊びたい。」
ただ、それだけです。当時の私たちにとって、山は最高のプレイグラウンドでした。
でも、その遊び場は、最初からそこに用意されていたわけではありません。
仲間が所有する杉山との出会い
BULLITT CYCLING CLUB(BCC)の初期メンバーの一人が、七山に杉山を所有していました。
最初は、その仲間が走っていたトレイルへ遊びに行ったことが始まりです。
山の中を縫うように続く一本のライン。
木々の間を抜け、土の感触をタイヤで感じながら走る時間は、ロードバイクでは味わえない楽しさがありました。
何度も通ううちに、「せっかくなら、新しいコースも作ってみよう。」
そんな話になりました。誰かに依頼されたわけでもなく、イベントのためでもありません。
純粋に、自分たちがもっと楽しく走りたかったからです。
スコップと鋸だけで始まったコースづくり
トレイルづくりに特別な機械はありませんでした。
使うのは、スコップ、 鋸、それだけです。土を削り、倒木を処理し、ラインを考え、コーナーを作る。
少し掘っては走り、また掘り直す。
「もう少し曲がりやすい方が面白い。」
「ここはスピードが出すぎる。」
そんな会話を繰り返しながら、少しずつ一本のコースが形になっていきました。
山を相手にする作業は、思い通りには進みません。木の根があり、石があり、雨が降れば土は柔らかくなる。
それでも、自分たちの手で少しずつ形になっていく時間は、とても贅沢でした。
「作ること」も遊びの一部だった
私たちは、トレイルを「整備していた」という感覚よりも、「遊んでいた」という感覚の方が近かったように思います。
走ることも楽しい。でも、そのコースを作る時間も同じくらい楽しい。
完成したコースを仲間が笑顔で走ってくれる。それだけで十分な達成感がありました。
当時は、「山を守る」という言葉を意識していたわけではありません。ただ、自分たちの遊び場を、自分たちで作っていただけです。
数年間、七山へ通い続けた理由
私たちは数年間、七山へ通い続けました。休日になると集まり、山へ入り、少しずつコースを伸ばしていく。
その時間の中で育ったのは、トレイルだけではありません。仲間との信頼関係です。
現在まで20年近い時間をつないできた初期メンバーは、自転車店主である私を含めて5人。
それぞれ仕事も年齢も違います。それでも、山で過ごした時間は、今でも私たちをつないでいます。
この仲間たちとの関係は、この先の狩猟や炭焼き、災害復旧など、さまざまな活動へと続いていくことになります。
しかし、その頃の私たちは、そんな未来を想像してはいませんでした。
あの頃は見えていなかったもの
当時の私たちは、「走ること」が目的でした。コースが完成すれば嬉しかったし、レースにも出場しました。
山は、楽しく遊ぶ場所。それ以上でも、それ以下でもありませんでした。
だから、森の変化や、林業、炭焼き、野生動物のことを深く考えることはありませんでした。
もちろん、それが悪かったわけではありません。その時には、その時にしか見えない景色があります。
今だから分かる、七山で得た一番大きなもの
振り返ってみると、七山で私たちが作っていたのは、トレイルだけではありませんでした。一緒に汗を流し、考え、失敗しながら山で過ごした時間そのものが、今の活動の土台になっています。その後、活動の舞台は厳木へ広がり、鬼の鼻山では大会運営にも関わるようになります。
さらに、山へ通い続ける中で、森の変化にも気づくようになりました。
そして、狩猟や森林整備、炭焼きへと活動は広がっていきます。
今思えば、そのすべての始まりは、七山で「遊び場を自分たちで作ろう」とスコップを握ったあの日だったのかもしれません。
今回の気づき
遊び場は、誰かが用意してくれるものではありませんでした。仲間と一緒に手を動かし、自分たちで作る時間そのものが、遊びでした。
そして、その経験は後になって、山との関わり方を少しずつ変えていくことになります。
次回予告
七山から活動の舞台は厳木へ。
そして、鬼の鼻山では、私たちは「走る人」から「迎える人」へと立場を変えていきます。
人を迎える立場になると、山の見え方は変わるのでしょうか。
次回、第3話「厳木へ、鬼の鼻山へ。MTBで広がった仲間とフィールド」へ続きます。
このシリーズを続けて読む
『山は変わらない、私たちの「遊び方」が変わっただけ』は、自転車店の活動から始まった20年間の記録です。
トレイルづくり、MTB大会、里山の変化、狩猟、炭焼き、ジビエ、そして「里山ラボ」へ。
ひとつひとつの出来事がどのようにつながり、現在の活動へ発展してきたのかを、全8話で時系列にまとめています。
第1話|なぜ自転車店を始めたのか
第2話|七山でトレイルをつくった理由
第3話|厳木へ広がったフィールド
第4話|山が発していたSOS
第5話|遊ぶ側から守る側へ
第6話|猟師の樫炭という挑戦
第7話|一皿に宿る里山の循環
第8話|里山ラボという答え
Tags: ブリットサイクリングクラブ