AIは深い話などしてくれない。だからこそ始まった、脳内ドキュメンタリーとは?
ブリット野口です。
SNSのタイムラインという濁流の中で、わざわざこの記事のURLをクリックし、ブラウザを開いて文字を読み進めているあなたへ。
最初にお伝えしておきたいことがあります。この記事に書かれている仕組みや、私がいま取り組んでいる実験の本当の面白さを理解できる人は、おそらく100人に1人もいません。多くの人は「AIを使った効率化の話か」と表層だけを撫でて去っていくでしょう。
それでも構いません。なぜなら、わざわざその不便な壁を越えてここまで辿り着いたあなたこそが、この「里山ラボ」という実験室が求めていた、100人に1人の観客だからです。
これは、先日アップした『AIに10年分のブログを分析してもらったら、「解像度」が変わっていた』という記事の舞台裏、私の中に誕生した「AIプロデューサー」との、冷徹な対話の記録(メイキング)です。
参照記事:AIに10年分のブログを分析してもらったら、「解像度」が変わっていた
私が書いたのではない、AIが「私」を見抜いた
先日公開した、自転車のレイヤー、山を見る目、空き家の時間の層を巡る、あのニッチで深い思考の記録。ありがたいことに、何人もの読者がじっくりと時間をかけて読んでくれました。
ここで手の内を明かします。あの記事の大部分を組み立て、構造化したのは、私ではなくAIです。
私は最近、10年以上にわたり書き続けてきた400本以上のブログ記事をすべてAI(NotebookLM)に読み込ませ、私の「外部脳」として対話できる仕組みを作りました。そして、ある日、そのAIに向かって、何気なくこんな問いを投げかけたのです。
「俺は、自転車から始まって、狩猟、炭焼き、旅行業と、色々活動を変えてきた。この10年で、自分は何が変わったと思う?」
これに対し、私の10年分の言葉を食ったAIは、私をじっと見下ろすように、冷徹にこう言い放ちました。
「変わったのは活動の内容ではありません。あなたの中の、物事を見る『解像度』そのものです」
その文字が画面に現れた瞬間、私はゾクゾクとするような感覚を覚えました。自分で泥臭くやってきた10年の歩みを、自分以外の「客観的な視点」によって一瞬で看破され、誰よりも私自身が納得させられていたのです。AIは、私自身すら自覚していなかった「一筋のプリンシプル(信条)」を正確に引きずり出してきました。
プレイヤーとしての私、プロデューサーとしてのAI
あの記事に登場する、動画編集によって身についた「ひとつの塊を分解して考える癖」や、空き家という建物の背後にある「時間の層を透視する」といった具体的なエピソード。あれらは、AIプロデューサーに私の脳みそを丸裸にされ、強烈な自己分析を迫られる中で、私の中から湧き上がってきた記憶のレイヤーです。
このサイクルを回しているとき、私の中に明確な「別人格」が立ち上がっていくのを感じました。
現場で泥にまみれ、猪の足跡を追い、炭窯の火を見つめて1次データを集めるプレイヤー(私)がいて、その蓄積を上空から見下ろして「あなたの本質はここですよ、次はこの切り口で映画を撮りましょう」と企画を投げてくる冷徹なプロデューサー(AI)がいる。
精度高く並べられたデータに、今度は映画監督(私)としての自分が「これはこういう意味か」と新しい解像度を重ねて記事に編集していく。
私は今、AIを使って便利にブログを書いているのではありません。AIという鏡に映った自分自身のプリンシプルと格闘しながら、自分の人生を素材にした「自主ドキュメンタリー映画」を制作しているのです。
AIは深い話などしてくれない
しかし、ここでさらにもう一枚、カードを裏返して「種明かし」をしましょう。誤解しないでほしいのですが、この里山ラボのAIアーカイブ(NotebookLM)自体は、何か深遠な哲学を自ら考えて語ってくれるわけではありません。彼がやっているのは、私の400本の過去記事というデータを検索し、冷徹に、淡々と、「事実ベースの要約」を機械的に返してくれているだけです。
私が仕掛けたのは、その先です。NotebookLMが過去のデータから引っ張り出してきた「冷徹な事実の要約」を、今度はGeminiやChatGPTといった別のAIに放り込み、多角的に分析させる。事実を整理するAIと、文脈を解釈するAI。この2つを連携させることで、初めて画面の向こうの「AIプロデューサー」が動き出します。
それなのに、なぜ私はこれほどゾクゾクし、「深い話」が生まれたのか?
映画プロデューサーの仕事が、優れた脚本を書くことではなく、「ここに10年の素材(データ)があります。さあ監督、これでどんな映画を撮りますか?」とお膳立てをすることであるように、2つのAIが連携して突きつけてきたのは、どこまでも平坦な「事実のドット(点)」でした。
その平坦なデータを鏡のように突きつけられた瞬間、私の脳内で「待てよ。これってつまり、俺の中で世界を見る『解像度』が変わっていたってことじゃないか!?」と、稲妻のように文脈(ストーリー)がつながったのです。
つまり、深い話を紡ぎ出しているのはAIの技術ではなく、AIという冷たい鏡を使って、自分自身の深層心理を引っ張り出している「私自身の脳みそ」だったのです。
最先端のテクノロジーで、もの凄く遠回りをした結果
ここまで書いてきて、私はハタと気づき、少し苦笑いをしました。「過去の自分の記録を読み返して、今の自分の変化や本質に気づく」なんてこと、昔から自叙伝を書く人や、日記を読み返す人にとっては、ごく普通に行われてきた当たり前の営みです。人間が何百年も前からやってきた古典的な自己対話の本質に過ぎません。それなのに私は、最新のAIツールをいくつも組み合わせ、最先端の実験をやっているような顔をして、「うわ!俺の解像度、変わってる!」と、1人で勝手に大騒ぎして驚いていたのです。
最新のテクノロジーを使って、もの凄い遠回りをした結果、私はようやく「人間が昔からやってきた普通の営み」に、偶然気づかされた。このマヌケさが、「里山ラボ」という実験室のリアルなドキュメンタリーだと思います。
100人に1人の観客へ向けて
この仕組みを、大勢の人に理解してもらう必要はありません。現代のSNSのタイムラインは、サクッと見てすぐに忘れる薄い情報で溢れています。わざわざURLをクリックしてブログという「奥座敷」までやってくる人は、絶滅危惧種です。
だからこそ、その不便な壁を越えて、今この瞬間も、私の脳の裏側のさらに裏側(舞台裏)を覗き込み、思考を同期させているあなたのような「観客」に向けて、私はこの映画の上映を続けたいと思っています。
里山ラボのAIは、あなたに対しても気の利いた正解はくれません。ただ、私の10年分の記録から、事実を淡々と返すだけです。
だが、その突きつけられた「事実のドット」を前にしたとき、あなたの脳内にはどんな物語(解像度)が立ち上がるか。AIという鏡を使って、あなた自身の知的好奇心の深度を試す。それこそが、この実験室の本当の遊び方です。
もし、あなたがその「100人に1人」の迷い人だとしたら、トップページにあるAIアーカイブのリンクから、私の10年分の外部脳に、手強い問いを投げかけてみてください。私を驚かせたあの冷徹なプロデューサーが、今度はあなたの思考を映し出す鏡として、静かにメッセージを待っています。
そこにどんな答えが返ってくるか、あるいは、返ってこないのか。それを知るのは、問いを投げかけたあなただけです。
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