猪は採掘の廃墟を駆け、猫は生活の痕跡に眠る「発展のあとの衰退を愛でる贅沢」

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ブリット野口です。

厳木で100軒の空き家と共に暮らす半世紀

佐賀県唐津市厳木町。かつて炭鉱の熱気で震えていたこの町に生まれ、半世紀が過ぎた。私の足元には、50年という月日が積み重なっている。犬の散歩で歩く見慣れた景色の中には、現在進行形で静かに朽ちていく「無数の空き家」がある。

多くの人は、これを地方の衰退と呼び、悲観する。しかし、私はそうは思わない。新しい人や家が次々と代わり、均一化していく都市の風景よりも、一方向に、潔く廃れていく様を眺めること。それは、この土地のピークを知り、ここで生き続けてきた者にしか味わえない、極めて知的で、芳醇な「贅沢」だからだ。

ジブリの世界観に惹かれる理由も、そこにある。私が愛するのは、懐かしさ溢れる古民家再生の物語ではない。文明の発展が止まり、人間が去ったあと、残された構造物が自然に飲み込まれていく「衰退のフェーズ」だ。

そこには、人間中心の価値観が崩れ、新たな秩序が生まれる瞬間の美学がある。

山の廃墟、猪の牙城
厳木の山へ一歩踏み込めば、そこには「生産の廃墟」が横たわっている。かつて石炭を掘り出し、日本の近代化を支えた巨大なコンクリートの遺構は鉄骨が錆び、コンクリートの割れ目からは樹木が力強く天を突く。ここはもはや、人間の管理が及ぶ場所ではない。

猪は、採掘の廃墟を駆け巡る。
罠猟師として山に入るたび、そう確信する。人間が山を穿ち、富を求めた荒々しい跡地を、今は猪たちがその強靭な足腰で支配している。かつてのトロッコ道は獣道へと書き換えられ、巨大な遺構は彼らの風避けとなり、格好の隠れ家となった。

かつて人間が放った「開発のエネルギー」は、今、猪たちの「生存のエネルギー」へと完全に変換された。猟師として彼らと対峙するとき、私は廃墟の匂いとともに、野生のしたたかな息吹を肌で感じる。彼らは衰退を悲しむことなどない。ただ、人間が残した空白を、生命の力で塗り替えているだけなのだ。

町の廃墟、猫の棲家
山を下り、町に目を向ければ、そこには「生活の廃墟」が点在している。閉山の後、昭和の終わりまで質素な生活が続いたが、やがて時計の針が止まった空き家たち。

窓越しに中を覗けば、そこには時間が澱んでいる。かつて誰かが座っていた座椅子、色褪せたカレンダー、脱ぎ捨てられたようなサンダル。それらはすべて、閉山という終焉がもたらした生活の断片だ。

この町に50年いる私には、その一つ一つの窓の向こうに、かつての住人の顔が浮かぶ。路地を走っていた子供たちの声、夕飯の匂い、仕事帰りの男たちの笑い声。その記憶の上に、今の静寂が重なる。この「記憶のレイヤー」こそが、長く住み続ける者だけが手にできる特権だ。

そして、この生活の痕跡を鮮やかに再利用しているのが、野良猫たちだ。彼らは人間が去ったあとの座布団を選び、縁側で日向ぼっこをし、かつての「誰かの家」を「自分のテリトリー」として悠々と使いこなしている。彼らの鋭い眼光は、廃墟がもはや「過去のもの」ではなく、現在の彼らにとっての「機能的な住処」であることを告げている。

山に猪が走り、里に猫が眠る。
厳木の廃墟は、死んではいない。ただ、主役が入れ替わっただけなのだ。

旅行業者としての眼、そして「里山ラボ」へ
私は、この景色を「資源」だと考えている。登録旅行業者として、また、この地で暮らす者として、単なる名所旧跡ではない「物語の地層」を旅の価値に変えたい。

一般的な観光地は、常に「今」を飾り立て、消費されることを求める。しかし、厳木にあるのは「静止した時間」だ。空き家が無数にあり、生活の痕跡が残っている。採掘の遺構に立ち、野生の足跡を辿る。それは、発展から衰退へと向かうプロセスの美しさを味わう、極めて贅沢な「知的ツーリズム」になり得る。

この哲学を形にするのが、現在進めている「BULLITT SATOYAMA LAB(ブリット・サトヤマ・ラボ)」だ。ここは、衰退をただ眺めるだけの場所ではない。

かつて先人が山から石炭というエネルギーを掘り出したように、私たちはこの静かな廃墟と里山から、「生きる知恵」という新しいエネルギーを掘り出す。猪を狩り、肉を捌き、かつての炭鉱の記憶をなぞるように、自らの手で木を切り出し、炭を焼く。

廃墟を「負の遺産」と見るか、それとも「新たな創造の土壌」と見るか。無数の空き家と衰退の美学。私たちは新しい人に、この特別な時間を共有することができる。

厳木の町は、今、美しい眠りについている。しかし、その深層では、猪が駆け、猫が欠伸をし、そして、私たちが新しい火を灯そうとしている。発展のあとに訪れる、この静かで力強い時間は、歴史の中で繰り返される。

BULLITT SATOYAMA LABとは?
厳木・里山での実体験を通じて、過疎地のその先をデザインする実験場。

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