厳木ジビエツーリズム×猟師の樫炭「失敗から読み解く再生の物語」
ブリット野口です。
佐賀県唐津市七山にある観音の滝(標高280m)の近くで、私たちが挑んでいる「猟師の樫炭」プロジェクトを紹介します。
<前回の炭焼きの記事>
究極のジビエを求めて〜最高の炭と出会う旅〜
今回の炭焼きは、想像以上に厳しく、そして、知的な興奮に満ちたものでした。
昨年から続く「厳木ジビエツーリズム」を支える究極の食体験を完成させるための重要な一歩でしたが、結果は大失敗。
歩留まり率「0%」。一見すると絶望的な数字ですが、七山の炭窯には自然が残した明確な「痕跡」を見つけることができました。
里山の結晶:炭焼きの全工程
炭焼きは、炭窯で木を焼く作業だけではありません。数ヶ月にわたる自然との対話の積み重ねです。
①素材調達(10月): 10月に、炭の原料となる樫の木を伐採しました。
②薪割り・窯入れ(2月初旬): 2月初旬に、適度に水分が抜けた樫を割り、窯の中へ隙間なく詰め込みました。
③火入れ(4月中旬): 本来は2月を予定していましたが、2ヶ月の遅れを経て、4月中旬に火入れを行いました。朝から晩まで窯の入口で薪を焚き続け、窯に命を吹き込む作業です。
④炭出し(5月初旬): 10日間の温度調整期間を経て、5月初旬にようやく封印を解く瞬間を迎えました。
熾火の宴:仲間と分かち合う希望
4月末、ようやく迎えた「火入れ」の日。窯の入口からは力強い煙が立ち上り、温度は順調に上昇していきました。この日は、共に狩猟免許を取得した地域の仲間たちも集まりました。
窯から溢れ出る「熾火」を使い、厳木産の猪肉を焼きます。
滴る脂が炎を上げ、樫の香りが肉に乗り移る。これまでの伐採や薪割りの苦労が、その一口で報われるような、至福の時間でした。
私たちは、この「熾火の宴」を楽しみながら、最高の樫炭ができることを願っていました。
異変:上がらない温度と10日間の沈黙
火を消した後、空気穴だけを開けて塞ぐ「燻り(いぶり)」の工程に入りました。ここで、昨年にはなかった異変が起こります。
昨年は、火入れ後も窯内の温度が上昇し、安定した炭化を示していましたが、今年は温度が全く上がりません。空気調整を繰り返しても、温度計の数値は停滞したまま。
10日後、不安を抱えたまま空気穴を完全に塞ぎ、窯を冷やしました。
【仮説検証】歩留まり率「0%」の真実
5月初旬、炭出しの瞬間。現れたのは、炭ではなく、無残な「残骸」でした。
上部: 燃えすぎてスカスカの状態、あるいは灰になっていました。
下部: 焼けるどころか、水分を含んだ「生木」のまま残っていました。
奥部: 熱が届かず、表面だけが焦げた状態でした。
なぜ、これほどまでに二極化したのか?
私たちは昨年と今年の温度チャートを並べ、仮説を立てました。

仮説:2ヶ月の空白が生んだ「水の壁」
2月の窯入れから4月の火入れまで空いた2ヶ月間、窯の底に雨水が流れ込み、下層の樫がその水分を吸い上げたのではないか。
一方で上層は乾燥が進み、同じ窯の中で「燃えやすい薪(上)」と「濡れた木(下)」に分断されてしまったのではないか。
内部の状態と照らし合わせると、答えは見つかりました。火入れ時に温度が急上昇したのは、乾いた上層だけが激しく燃えたこと。そして、その熱は下層に溜まった「水の壁」に阻まれ、蒸発に全エネルギーを奪われてしまっていたのです。結果として、下層は炭化温度に届かず、上層は燃え尽きるという悲劇が起きました。
失敗から学び、地域の物語として挑戦し続ける
歩留まり率「0%」。数字だけを見れば、大失敗です。しかし、私には確かな手応えがありました。
答えがわからないからこそ、事実を拾い集めて、原因を探求する。意味のないことも含めて考えることがおもしろい。
この感覚は、山で獲物の痕跡を追う「狩猟」の経験に基づいています。泥の上の足跡や折れた枝から獲物の動きをプロファイリングするように、七山の炭窯の中の「焼け跡」と「温度データ」を繋ぎ合わせ、何が起きたのかを突き止める。この「痕跡調査」こそが、私にとっての炭焼きの魅力です。
今回の挑戦で得られた「歩留まり率0%」という結果は、次回の成功を導くための世界に一つしかない貴重な教科書となりました。
このプロジェクトの本質は、地域資源を最大限に活用し、自然との対話を楽しむ「大人の山遊び」にあります。
火をコントロールすることの難しさ、現代では必要のない技術ですが、原点を知ることができます。
今回の結果も、その大切な一幕として、未来へ繋げていきます。