厳木の里山を思考する。11頭の猪と私が交わした150日の仮説検証ログ。「2025-2026」狩猟総括
ブリット野口です。
佐賀県唐津市厳木町。かつて、炭鉱で栄えたこの地は、ボタ山特有の乾燥した土質と複雑に入り組んだ広葉樹林が混在し、非常に「高い解像度」を必要とするフィールドです。私はここで自転車店と旅行業を営む傍ら、鳥獣保護管理員として、そして、一人の罠猟師として山に入っています。
2025-2026年シーズンが幕を閉じました。今期の私のスコアは「11頭」。
この数字を多いと見るか、少ないと見るか。猟師の世界では獲った頭数が語られがちですが、私にとっての狩猟は「数」の追求ではありません。それは、猪という高度な知性を持つ野生動物に対し、いかに論理的な仮説を立て、12cmの円(くくり罠)の中に彼らの足を誘導するかという、究極の「UX(ユーザー・エクスペリエンス)デザイン」であり、答え合わせの連続です。
今シーズン、私が厳木の山に仕掛けた「エリア戦略」と、その分析結果をここに記録します。
1. 猪の学習能力をハックする「エリア・ホッピング戦略」
猪は驚くほど「スレる」動物です。一度でも危険を感じれば二度と同じ轍は踏まない。人間の匂いや罠の違和感を察知すれば、彼らは即座に行動ログを書き換えます。同じ場所で粘り続けることは、彼らに「このエリアは危険だ」という学習機会を与えることに他なりません。そこで今期、私は厳木のフィールドを特性の異なる3つのエリアにセグメントし、季節の移ろいと彼らのバイオリズムに合わせて罠をスイッチさせる「エリア・ホッピング戦略」を展開しました。
【エリア①】栗畑のレストラン(9月〜11月)
特性: 収穫期を迎える栗畑周辺。猪にとっては高カロリーな「レストラン」。
捕獲数: 5頭(9月1頭、10月3頭、11月1頭)
シーズン序盤、猪の行動原理はシンプルです。冬を越すための「食欲」が「警戒心」を上回る。私は栗が落ちるタイミング、つまり「供給」がピークになる時期に合わせて罠の配置を最適化しました。10月に3頭という最大の結果が出たのは、彼らの最短アクセスルートを完璧にスキャンできていた証拠です。11月に反応が鈍くなった瞬間に、私はエリア①を「スレた」と判断し、即座に次へ移行しました。
【エリア②】住居裏の広葉樹林(10月〜11月、2月)
特性: 彼らにとっての「リビング兼、移動のショートカット」。
捕獲数: 3頭(10月1頭、11月1頭、2月1頭)
ここは人間社会と野生の境界線です。猪は人間が寝静まった深夜、この広葉樹林を抜けて栗畑や里へ降ります。ここでは「無意識の足運び」をデザインしました。あえて目立つ獣道ではなく、そこから一歩外れた「ここなら安心だろう」と彼らが心理的にガードを下げるスポットを狙いました。特筆すべきは2月の1頭。秋に一度プレッシャーを与えた場所を数ヶ月寝かせることで、彼らの警戒心をリセットさせる「時間差の検証」が成功しました。
【エリア③】尾根沿い入口と水場(12月、2月)
特性: 山の深部へ続く「メインゲート」であり、貴重な「ライフライン」。
捕獲数: 3頭(12月2頭、2月1頭)
冬が深まり、里の餌が尽きると、猪の主戦場は尾根へと移ります。12月の2頭は、乾燥が進む時期に必ず立ち寄る水場、そして、移動の効率を重視する尾根のボトルネック(狭路)を突いたものです。ここは「生存本能」が剥き出しになる場所。12月には猪自ら足を噛みちぎって逃げるという凄惨な抵抗にも直面しました。ロジックだけでは制御できない、野生の圧倒的な執念を突きつけられたのもこのエリアでした。
2. 1月の「沈黙」が教えてくれたこと
今シーズンのデータの中で、最も価値があるのは1月の「捕獲数0」という記録です。
例年にない暖冬と記録的な乾燥。それまでの私のデータベースにあった「冬の行動パターン」が、気象という巨大な変数の前で無効化された月でした。
猪たちは水場を替え、泥浴びの頻度を変え、私の予測を超えて山を広域に動いていました。この「0」という数字は、私のシステムにバグがあったことを示しています。しかし、その空白があったからこそ、私は猪の「胃袋」を解析し、彼らが今何を食べているのか、どの湿度を好んでいるのかを再構築することができました。その再学習が、2月のエリア②・③での再会に繋がったのです。
3. 厳木ジビエツーリズム:解像度の高い「生」への誘い
11頭の命。それらはすべて、厳木の土の硬さ、風の向き、前日の降雨量、そして、猪の知性と私のロジックが交差した瞬間に得られたものです。
私が推進したい「厳木ジビエツーリズム」は、単に肉を食べ、自然を愛でるだけのツアーではありません。それは、この「予測と検証」のプロセスを共有する体験です。
「もし、あなたが猪なら、この乾燥したボタ山の斜面をどう歩くか?」
「なぜ、この12cmの円を踏ませることができたのか?」
クリエイティブな仕事に従事する皆さんなら、この「不確実な世界を構造化していく面白さ」を分かってくださるはずです。デジタルな画面の中では決して得られない、物理的な重みと匂いを伴う「答え合わせ」。
2025-2026シーズンに得た11頭のログを糧に、来シーズン、私はさらに厳木の解像度を上げていきます。この知的な格闘技のフィールドで開催する狩猟体験ツアーで、皆さんとお会いできる日を楽しみにしています。
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