サチコは獣道、GA4は足跡。ツール・ド・九州2026佐賀と虹の松原トライアスロンから読み解く「繁栄と衰退」の構造とは?

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ブリット野口です。

佐賀市鍋島の店舗でパソコンを開き、無機質なデータ画面と向き合う時間。そして、唐津市厳木町の朝もやが立ち込める山中で、泥にまみれながら地面を見つめる時間。私の日常は、この二つの極端な空間を往復することで成り立っている。

一方は、サイクルツーリズムの相談や実証実験、ウェブサイトのアクセス解析といった、地域と人の移動を考える現場。
もう一方は、過疎化が進む里山の歴史遺構を巡るガイドツアーと、野生の猪を五感で追う「くくり罠猟」の現場だ。

一見すると、180度ベクトルの違う活動に見えるかもしれない。しかし、私の中ではこれらは完全に「同じ一つの構造」としてつながっている。サイクルツーリズムの実証実験も、里山でのフィールドワークも、本質的には「人や生き物が、なぜ、そこを通り、何を地域に残すのか」を観察する営みだからだ。

サチコは獣道、GA4は足跡
山で猪を追うとき、最初に探すのは足跡ではない。
まず、探すのは「獣道」だ。なぜ、この尾根を通るのか。なぜ、この谷へ下りるのか。水場や餌場、地形との関係を読み解き、生き物の行動原理を想像する。
Google Search Console、通称「サチコ」も同じである。
検索キーワードや流入経路を見ながら、「なぜ、人はこの道を通って、ここへたどり着いたのか」を考える。そこには、人の関心や行動原理が刻まれている。
一方、GA4で見えてくるのは足跡だ。どのページを閲覧し、どこで離脱し、どれだけ滞在したのか。そこを通過した人の痕跡を追いかける作業である。
獣道を読み、足跡を追う。ウェブ解析も、サイクルツーリズムの実証実験も、里山での猟も、本質的には同じ観察行為なのだ。

そして、私の観察者としての眼は、今秋10月10日に開催される「ツール・ド・九州2026」佐賀・福岡ステージへ向けられている。
なぜなら、その舞台である虹の松原は、かつて20年にわたり全国の鉄人たちが汗を流した「虹の松原トライアスロン」と、まったく同じ場所だからだ。

虹の松原トライアスロンが残した三つの現実
私は自転車店を営む立場として、多くの顧客がこの大会に挑戦する姿を見てきた。自分自身も何度も現地へ足を運んだ。東の浜を泳ぎ、虹の松原をバイクで駆け抜ける選手たち。その姿は間違いなく地域の誇りであり、手作りの熱狂がそこにはあった。しかし、その歴史は2019年を最後に幕を閉じる。現場を振り返ると、その背景には三つの構造的な課題が見えてくる。

① 地域調整コストの限界
虹の松原周辺は、観光と物流を支える重要な交通動脈である。毎年、数時間にわたる交通規制は、観光事業者や飲食店、物流関係者への影響を伴った。地域との合意形成に必要な調整コストは、年を追うごとに増大していった。
② マンパワーの限界
大会運営を支えていたのは、地元スポーツ団体やボランティアの善意だった。しかし、20年という歳月のなかで、初期から支えていたメンバーは高齢化し、安全管理や運営を担う次世代の担い手が十分に育たなかった。
③ コロナ禍という二年間の空白
2020年と2021年の中止は、運営組織に決定的なダメージを与えた。協賛金の減少だけではない。一度止まった歯車を再び動かすためのエネルギーそのものが失われてしまったのである。

どれほど素晴らしいイベントでも、「地域の理解」と「持続可能なマンパワー」という二つの車輪を失えば、継続は難しくなる。

ツール・ド・九州2026が抱える構造的な死角
その数年後、今度は国や自治体が主導するメガイベントとして、ツール・ド・九州がやってくる。大きな予算が投じられ、機運醸成の広告が街を彩り、10月10日は大いに盛り上がるだろう。しかし、私には一つの問いがある。それは、「通過型イベント」の宿命である。
トライアスロンは、選手や家族が前泊し、地域で食事をし、宿泊し、長い時間を過ごした。経済効果が地域の点として残りやすい構造を持っていた。
一方、ロードレースは違う。選手たちは時速50kmを超える速度で駆け抜けていく。沿道は熱狂する。
しかし、その熱狂は短い。自治体が投資した「線」の上を、一瞬で通過していくのである。もちろん、その価値を否定するつもりはない。
ただ、一つだけ問い続けたい。10月11日以降、この地域には何が残るのだろうか。
地元の自転車文化、観光や地域交通の基盤、未来へ受け継がれる資産は、何が積み上がるのだろうか。

同じ道を定点観察する
鍋島でデータを見つめ、厳木で地面を見つめる。私にとって、この二拠点を往復する日常そのものが一つの観測装置になっている。
内側から生まれた熱狂が、なぜ、20年で終わりを迎えたのか。外側から投入された大きな予算が、どのような光を放ち、何を残していくのか。
同じ虹の松原という舞台で起きる二つの出来事を、同じ場所から見続ける。それは、地方の繁栄と衰退のサイクルを理解するための、格好の教材だと思う。
サチコで獣道を探し、GA4で足跡を追う。派手なPVや一時的な熱狂ではなく、人や地域がなぜ動き、何が積み上がり、何が失われていくのかという構造そのものを観察し続ける。観察し、考えることに、ほとんどコストはかからない。だから、私は今日も、鍋島と厳木を往復する。10月10日の喧騒だけではなく、その翌日から始まる静かな現実を見届けるために。

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