【里山ラボ回顧録】自宅にパンプトラックを自作して10年。土と向き合った私の実証実験レポート①
第1話:【仮説と設計】
なぜ、私は庭を掘り返し、3次元の斜面を描いたのか?
ブリット野口です。
自転車乗りとしての「渇望」と仮説
今から10年前、私はスコップを手にして自宅の庭に立っていた。
どこにでもある平坦な庭を、これから自分の手で掘り返し、マウンテンバイク(MTB)のための私設クローズドコース「パンプトラック」を作ろうとしていたのだ。
当時の私を突き動かしていたのは、ダウンヒルレースにおける純粋な技術的「渇望」だった。
コンマ数秒を競うダウンヒルにおいて、勝敗を分けるのは最高速ではない。いかに「減速しないか」、そして、「いかにブレーキを握らずに、次のセクションへと加速を繋げるか」である。
そこで、私は、ある一つの仮説を立てた。
「もし、自宅の敷地内にノーブレーキで進入せざるを得ないクローズドコースを作り、日常的に反復練習を行えば、マウンテンバイクの『バイクコントロールの基礎』となる身体操作を完全自動化(無意識化)できるのではないか」
この仮説を実証するため、10年越しとなる「リアルな自由研究」がスタートした。
人体工学と土木造形:3次元ラインの設計思想
パンプトラックの基本構造はシンプルだ。盛り土による連続した波状の凸凹(ローラー)と、コーナーに設置されたすり鉢状の傾斜(バーム)。この2つだけで構成される。しかし、このシンプルな造形こそが、最も設計の難易度が高い。
実験の目的は、ペダルを一切漕がずに、斜面の高低差と加重・抜重だけで永久に加速し続けられるコースの構築である。これを実現するためには、ライダーの身体の動き(人体工学)と、土の造形(土木幾何学)を完全にシンクロさせる必要があった。
まず、着手したのは、ローラー(凸凹)のピッチ(間隔)と高さの計算だ。
ホイールベースの長さ、そして、ライダーがサスペンションを押し込み、引き抜く(プッシュ&プル)の一連のリズムが最も美しく連動する距離を導き出す。短すぎれば突っかかり、長すぎれば間延びして加速しない。
さらに難所となったのが、コーナーに配置する「バーム」の曲率(R)の設計である。
ノーブレーキで時速20km/h以上で突っ込んでも、遠心力に負けてタイヤがスリップせず、むしろ、その遠心力を次のストレートへの推進力へと変換できる傾斜角は何度なのか。
設計図を引く手が求めていたのは、単なる遊び場ではない。ライダーの身体へ効率的な動きを強制的に叩き込むための、精密な「3次元のバーム造形」であった。
「土」という可変性素材を選んだ理由
設計の段階で、周囲からは「コンクリートやアスファルトで固めた方が維持が楽ではないか」という意見も上がった。確かに公共のパークや海外の最先端コースは、舗装されたパンプトラックが主流になりつつある。
しかし、私はあえて「土」という選択をした。ここに、この実証実験のもう一つの重要なテーマが隠されている。
コンクリートは一度固めてしまえば「不可逆」だ。もし、設計に失敗したり、自分のライディングスキルが上がってコースに物足りなさを感じたりしたとき、修正するには莫大なコストと重機が必要になる。一方で「土」はどうだろうか。
「失敗しても、あるいはライフステージが変わっても、いつでもスコップ一本で崩し、別の形へ改装・補修ができる。それどころか、最悪の場合は平らにして元の自然(土)へ還すことすらできる」
この「可変性(柔軟性)」こそが、里山という環境において持続可能なインフラを作るための最適解であると確信したのだ。重機に頼らず、手作業だけでどこまで強固な3次元の造形が作れるのか。私はスコップを土に突き立てた。
しかし、このときの私はまだ知らなかった。自然は、平坦な庭をただ掘り返しただけの素人セオリーを、決して、優しく受け入れてはくれないということを。
最初の雨が降ったとき、私の緻密な設計図は、文字通り「泥の沼」へと沈むことになる。
(第2話:【下地・暗渠排水】へと続く)
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